何かをやる上で失敗しないに越したことはないですし、そのリスクはあらかじめ減らせたり排除できると良いのはもちろんですが、どうしたってゼロにはできません。
それが新規事業のような不確実性の高い領域であればなおさらで、正解の見えない世界での判断は少なからず博打の性質を孕むことになります。
ソフトウェアエンジニアとしてそういった場面で判断をする時に、合理性で選択肢を減らしていった後で残った選択肢を選ぶ時の決め手として、自分は「失敗しても何を残せるか」という観点を持ち出します。
正解のない世界で自分を鼓舞するためのある種のまじないのようなものですが、これについて掘り下げてみます。
プレモーテムとは
終わりを意識して始める: プロジェクトのプレモーテムを行う方法 [2022] • Asana
プレモーテム (premortem) とはプロジェクトの終了をまず予想し、そこから逆算してリスク要因を見つけたり必要な手順を発見する取り組みのことです。
これはポストモーテム (postmortem) という障害・事故の振り返りを指す言葉との対比として生まれました。
ポストモーテムは「検死」という意味で、そこから転じて障害や事故で生じた損害がいかにして起きたかを振り返るというアナロジーで使われだしました。
このアナロジーに無理矢理あてはめるなら、プレモーテムはさしづめ生前葬にあたるでしょう。
アジャイルサムライなどで取り上げられている「夜も眠れなくなる原因はなんだろう?」や「ご近所さんを探せ」はプレモーテムの一環といえます。
memento moriの精神を持つ
ポストモーテムの元々の意味を考えれば、事業を行う上での失敗は元の表現でいう死にあたります。
これは本当に会社の不可逆的な終わりを意味するかもしれませんし、事業やプロジェクトなどの継続可能性の否定にとどまるかもしれません。
いずれにせよ「死」を克服することはできないと考えるのが合理的です。
そうすると「死」がやってきた時に、我々は世界に何を残せたか・世界から何を受け取れたかが、事業やプロジェクトという「生」がどんなものだったかを表すことと言えるでしょう。
何も爪痕を残せなければただの徒労に思えるでしょうし、たとえ事業やプロジェクトの成功という天寿を全うできなくとも何か「これはやれた」「これは得られた」というものがあれば意義あるものだったと言えることでしょう。
何を残せるか
組織に所属して事業やプロジェクトに貢献することを選ぶ従業員として、もちろん事業やプロジェクトの成功を第一に考えるべきですが、同じくらいSWEとして何を残せるか・何が得られるかも尊重すべき・されるべき点だと考えています。
たとえ事業やプロジェクトが成功を収められずとも、今後のサービス開発に活かせるものがひとつでも得られたのであれば、一連の過程に価値はあるといえるでしょう。
言い換えれば事業やプロジェクトの成功 だけ を追い求めた時、もし失敗すれば後には何も残らず、ただ関係者には徒労感と虚無だけが残るでしょう。
追うべきものはなんでもよくて、ポートフォリオに加えたいと思っていた言語や機能でもいいし、新しいリーダーの抜擢でもいいし、組織体制でもなんでもいい。
それは携わるリーダーが率先して考えるべきで、特に職能軸のリーダーがメンバーのキャリアを守る意味でもあらかじめ考えておくべきことでしょう。
事業軸と職能軸のマトリクス型組織をとる意義のひとつであるといってもいいです。
むすび
「何の成果もあげられませんでした!」を避けるために、事業やプロジェクトの成功の定義を0点 or 100点のall or nothingではなく、100点をとれなかった時でも30点や60点の成果を狙えるよう、30点や60点だった世界をあらかじめ想像・定義しようという話でした。
all or nothingの定義だと、やがて失敗のリスクが大きすぎることを嫌って大胆な判断ができなくなり「これくらいならいけるだろう」という50点くらいの成功を狙うようになります。
しかし失敗する可能性はゼロではないので、実際は0点 or 50点というハイリスク・ローリターンな判断をとることになり、けっきょく「成功」しても大きく進めない上に、相変わらず失敗したあとは焼け野原というジリ貧の状態に陥りやすくなります。
「身の丈にあった判断をする」ということは言い訳をする余地をなくすことでもあり、それによって先に精神的に追い詰められてしまい、ポテンシャルを十分に発揮できずに失敗に繋がる……ということもままあります。
何より成功しても失敗してもどっちに転んでもインパクトの小さいプロジェクトに関わりたいとは思いません。どうせやるならワクワクするほうがよいです。
もちろん大胆不敵と蛮勇は同じではありません。蛮勇かどうかを知るためには、自分の身の丈がどれくらいかを知っておかなければいけません。
だから日頃からナイフを研いでおくことが大事で、そのために使えるもの・時間はうまく使おうと心がけています。この前書いた記事もそういう取り組みの一環でした: